プロフィール

春風亭傳枝 (しゅんぷうてい・でんし)

<略歴>


S47.1.5 静岡県修善寺町(現・伊豆市)出身

東洋大学文学部印度哲学科卒業

H 9.7 春風亭(現・瀧川)鯉昇に入門

H 9.9 春風亭鯉三(しゅんぷうてい・こいざ)で前座

H 13.9 瀧川鯉之助(たきがわ・こいのすけ)で二ツ目昇進

H 22.5 十代目春風亭傳枝を襲名して真打昇進

(公社)落語芸術協会に所属


※「傳」と「伝」について…どちらでもいいです。"斉藤さん"が戸籍調べたら"齊藤さん"だった、みたいな状態だと思って下さい。個人的には「伝」を多用しています。(書くのが楽なので)

似ていますがこの字は違います「傅=フ、かしずく」変換機能のバグでデンで出てきてしまうようなのでお間違えなく!

●趣味・特技●

趣味…読書(ときどき)、音楽鑑賞(ソウル、ブルース、レゲエなどの黒人系やワールド系、日本の古典ロック・歌謡曲など)、 飲酒(なんでも)、食虫植物。

特技…自転車通勤、炒め物(片手中華鍋使用)、ベース演奏、カタコトの韓国語。

●活動内容●

古典落語を中心に、都内各寄席(定席)、各種落語会、地域寄席、学校公演、施設公演、イベント等に出演。


・定席出演の寄席…新宿末広亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場、国立演芸場、お江戸上野広小路亭、お江戸日本橋亭、横浜にぎわい座


・主催公演の落語会

「ヨセゲー」(`15~ユニットで毎月開催)

「伝枝ひとり噺」(`13~)

「伝枝のちょんちょん落語会」(`11~)

「池袋ゲキバ落語会」(`16~’23全108回)

「腹八分目の会」(`11~’24全31回)

「格闘演芸道場WRE」(`12~’19全7回)

「鯉の放し飼い-鯉昇一門会」(`01~)

「鯉もおだてりゃ瀧のぼる-鯉昇門下兄弟会」(`07~`08)

「伝枝の渦-春風亭伝枝独演会-」(`11)

「鯉之助と吉幸の会」(`07~'09)

「鯉之助の会-鯉はあせらず」(`09全5回)

「日本橋演芸大賞」(`02~`07全20回)

「東洋人」(`02~’03全4回)

「落語ボンバイエ」(`05全6回)

「新作大陸パンゲア」(`07)

 ほか


・講演 (※講演と落語のセット)

「落語に学ぶコミュニケーション術」

「落語の成り立ち」

「時そばで知る江戸文化」

「江戸の長屋~落語で知る庶民の暮らし」

「富士山と江戸の人々」


・TV

「笑点」(日本テレビ)

「シャキーン!」(NHK教育)

「たっぷり静岡」(NHK静岡)

「浅草お茶の間寄席」(千葉テレビ)

「柳家喬太郎のようこそ芸賓館」(BS11) 他


・ラジオ

「以心伝枝ん」(FMみしまかんなみ・ボイスキュー)

「伝枝の伊豆市よもやま話」(FMISみらいずステーション)

「ラジオ深夜便」(NHK-FM・第一)


・映画/ドラマ

「天使が僕に恋をした」(02荒木太郎監督)

「必死剣 鳥刺し」(10平山秀幸監督)

「人間こわい 笠碁」(23WOWOW) 他


・舞台

「密室」(06中村和愛作・演出/リニアカード)

「天国のシャボン玉ホリデー」(12河野洋作・演出/劇団いず夢)

「一目惚れと呑み屋での会話と殺意について考えてみた」(13中村和愛作・演出/FlipFlop,Fly) 他


・芸人バンド「アロハマンダラーズ」 ベース担当(`98~`14)、スチールギター担当(`15~)

 歌謡漫談「ハゲヅラカルテット」「らぶらぶボーイズ」ともにギター担当

・司会…リングアナウンサー(CMAプロレス所属)、イベント、コンサート、結婚式など

・その他(いろいろ)

●生い立ちと修行●

S47.1.5   静岡県田方郡修善寺町にて生を受ける。前世は不明。温泉場でぼんやり育つ。

S49. 4   社会福祉法人修善寺保育園に募集が終わってからむりやり入園。ようこ先生がお気に入り。

S53.3.    同・卒園、このころ既に酒が好きだったらしい。

   4.   町立修善寺小学校に入学。川で釣りをしたりプラモを作ったり山で基地を作ったりした。虫やカエルも殺した(爆竹等使用)。図工が得意。体育と作文が苦手。マンガが好き。野菜が嫌い。5年のときに週刊少年ジャンプ講読開始。

S59.3.    同・卒業

   4.   町立修善寺中学校に入学。バレー部に入部するが1年でやめる。2年から剣道部。マンガが好き。野菜が嫌い。

S62.3.    同・卒業

   4.   静岡県立韮山高校に入学。学年別スリッパの色は茶色。剣道部、結局初段止まり。エレキギターを購入するも弾き方よくわからず。

H 2.3.    同・卒業

   4.   東洋大学文学部第Ⅱ部印度哲学科に入学。夜の生活になじむ。バンドをやったり冊子を作ったりした。落語もちょっとやった。好き嫌いがなくなる。3年のときに週刊少年ジャンプ講読終了。

H 6.3.    同・留年。8~9月にインドで修行。

H 7.3.    同・卒業。学生でなくなったのでただのフリーターに降格。

  7.   春風亭鯉昇に入門を決意。

  12.   なぜか1年半父親の経師屋を手伝う。壁紙が貼れるようになる。

H 9.7.1   香港が中国に返還された十数時間後、春風亭鯉昇に入門。通い弟子。

  8.21   春風亭鯉三(こいざ)で前座見習いとして楽屋修行開始。どこの寄席にも自転車通勤。これから約4年間毎日寄席の楽屋で働く。師匠の方針で師匠宅にはほとんど行かない。寄席ばっか。

  9.19   浅草演芸ホールで初高座。ネタは「子ほめ」。

  9.21   正式に前座となる。このころ自転車のおかげで逞しくなり過ぎた足を見ておどろく。

お茶汲み、太鼓番、立前座、身分に応じていろいろこなす。酒もよく飲んだ(今でもそうだけど)

H13.9.1   瀧川鯉之助で二ツ目昇進、誰もが落語家になって一番うれしい日。よく覚えているが、この日の未明に歌舞伎町の火事が、10日後にNYの自爆テロが起こる。最近は昨日の事もわからない。

H16.     悪名高い平成の大合併で故郷・修善寺が「伊豆市」になり、戸惑う。

H22.5.1   上海万博開幕に先駆け、十代目春風亭傳枝を襲名して真打昇進。ホテルオークラにて披露パーティー、新宿末広亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場、お江戸日本橋亭、お江戸上野広小路亭、国立演芸場にて披露興行を行い、疲労を重ねる。